浪漫放棄時代

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[Buffaloes' Bathing in the River Ganges / Banaras India, 2001]


ついに携帯電話もつぶれてしまった。

数年前にタイで購入したモトローラのもので、前時代的というか超旧式というか、とにかくかっこ悪い携帯電話の見本のような代物で、おまけにタイ文字でメールが打てるという、自慢なんだか何だかよく分からない、全然、役に立たない機能がついたステキに胡散臭い携帯電話であった。

去年の暮れに、トイレに落とした。
あまり思い出したくないので詳細を述べることは避ける。
いちおう、ドライヤーで乾かしてみたが、ぴくりとも動かなかった。
それが数日後、まるで何事もなかったかのように生き返った。
「へんなやつだ」
そう思いながら、使い続けていた。

あれから2ヶ月超たち、どうやら今度こそお釈迦のようだ。
充電ができなくなった。電池の寿命かとも思う。が、そんな大昔の機種の電池が、タイから遠く離れたイギリスで見つかるとは思えない。まあ、新しいのを買うのが賢明というものでしょう。
しかしほんとに私の周りでものがよく壊れる。恐怖のデストロイヤーだわ私ってば。

日本にいた時、ひねくれ者の私は携帯電話を持っていなかった。
学生時代にいち早くポケットベルを入手して使いこなし(時代が反映されるよなあ)、携帯電話もみんなが持つより早く持っていた私も、いつのまにか「そんなものは、いらん」と思うようになっていた。

携帯電話が当たり前になってから、待ち合わせが下手になった。
逢いびきにロマンがなくなった。

「あ、もうすぐ着くけど、今日の店どこだっけ?」
「今どこ~? 駅に着いたら電話して」

こんな会話が、たぶん日本だけではなくて、世界中の携帯電話普及国で毎日数え切れないくらい行き交っていることだろう。

それでも私は、「何月何日何時にどこそこで」という旧来の待ち合わせが好きだ。
なじみの喫茶店でぬるいコーヒーなんかをすすりながら、待ち人を待つ。
約束の時間が過ぎたりして、「来るのかな、来るよね」なんてちょっとドキドキしながら入り口のベルが「ちりん」となるのを聞く。
「やあ、待った?」
「来ないかと思って悲しくなっちゃったよ」
「ごめん」
そういう、莫迦みたいに原始的な待ち合わせがいい。お互いの位置を連絡しあいながら、じわりじわりと接近していく携帯電話式待ち合わせは、現実的ではあるかもしれないがロマンティックじゃない。

電車に乗ると、みんな同じ顔をして、同じような角度で顔を伏せ、ひたすら携帯電話を見つめて「ちこちこちこちこ」とメールを打っている。これ、怖いです。

こまめな携帯メールなんかいらない。一日3回の携帯メールと、一年に一度の生身の誰かとの熱いキスなら、わたしゃー迷わず後者をとるよ。ってどうしてそういう例えになるかなあ……。

旅行している時、「通信事情が悪い」というのはひとつのメリットだった。
届くかどうかいまいち怪しげな葉書なんぞを、ちょっと切ない気分でしたためるのが楽しかった。

まあ、あの陸の孤島、最後の秘境ラダックですら、去年訪れたら高速インターネットがつながってたからな。私を溺愛するうちのばあちゃんは、私が長い出ずっぱりの旅行をするたびに「寿命が縮む」と嘆いていたが、「携帯電話とメールのおかげでやっと夜眠れるようになった」と言っている。猫の鈴みたいなもんである。どっちかというと、今年は80歳になるのに、まだホイホイ自転車に乗ってスーパーに行くのが日課なばあちゃんの方が心配である。「せめて安定した3輪の自転車にしてよ」と再三に渡って頼んでも、「あれはどうも見た目が年寄り臭くて、かっこ悪い」とか言下に拒否するのだ、この人は。

そんな私、本日インドはバナーラスにいるアキオくんという友人とチャットなんぞをしてみた。おお、すごいぞ私。

アキオくんはもうずいぶん長いことバナーラスに住んでいる。あれ、何年だっけ? 忘れちゃった。日本語教師をしたり、会社をやったり、およそ一般的日本人男子に似つかわしくないセンスでインドに住み着いている。たまにすばらしく日本的なオヤジセンスも披露してくれる、ナイスな青年である。どういう成り行きか、彼は過去何年かの間に私が恋に落ちたほとんど全ての相手を知っているので、私はよほどのことがない限り、彼には逆らえないことになっている。弱みを握られるってツライ。

去年だったかな。彼はバナーラスにビルを丸ごと買った。住居兼商売用で、所用で再びインドを訪れていた私は、改装したてのぴかぴかで快適なおうちに数日間、居候させてもらった。当時、階下はまだぼろぼろだった。そこが今はカフェレストラン仕様に改装されて、オープン間近だという。

「インドの全人口から、ひとりたった1ルピーずつだけとったとしても、10億ルピーだぜ」
バナーラスという格好の観光地にいながら、あくまでもインド人を相手にした商売にしか興味のないアキオくんであった。

そういや、私がバナーラスにアパートを借りて長期滞在していた当時、もやしが入手できないというので、彼は豆からもやしを育てる実験なんかもしていたな。
「アキオビルが完成した暁には、地下に『もやしルーム』つくってね。で、レストランで『春のもやしフェスタ』かなんかやって、もやしのうまさを広めよう!」
そんな私の希望は、覚えていてくれてるだろうか。

自然の理。時が過ぎ、自分と周囲の環境が変わるにつれ、バナーラスの記憶がどんどん薄れていく。未来は過去よりもずっと大切だけど、嬉しいこと悲しいことキツイこと、それら全てを呑み込む「生」のエネルギー、色々な記憶のあるバナーラスと接点がなくなっていくのはちょっと寂しい。

私はアキオくんに3000ルピーの借金がある。タイかどこかに出ていた間に、家賃を立て替えてもらったのだった。それを返してしまったらバナーラスに行く口実がなくなってしまいそうで、数年経った今も返していない。

アキオくん、ごめん。今度行ったら絶対返す。


↓アキオくんのサイト
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by masala_days | 2005-03-05 08:16 | 旅なんちゃって


20代の暗黒時代をインドとイギリスその他あちこち季節移動し続け、30代、やっと日本国で社会復帰。8か月の産育休を経て、現在、働くかあちゃん。オットの不在中に衝動買いしたマンションの借金返済に勤しむ


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