カテゴリ:インド話( 12 )

ケビンと黄昏

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On the train going back to Bombay from Aurangabad. India 2006
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by masala_days | 2006-01-23 05:32 | インド話

ガンガー魚

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バナーラスの知人宅にて、お母さんに頼んでガンジス河でとれた魚のカレーをつくってもらった。ダル(豆)のスープとチャパティ(無発酵の全粒粉平パン)とごはんで、美味美味なご馳走であった。
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by masala_days | 2006-01-20 07:08 | インド話

タージマハルとケビン

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Kevin and Taj Mahal / Agra
何度か行っているので、入場料をケチって今回は屋上レストランからの見学のみ。
外国人の入場料750ルピーって、喧嘩売ってるよなあ。インド人20ルピーなのに。
ポンドだったら10ポンドくらいだから、「ま、いっか」と思えるけど、タクシー一日チャーターして
1800ルピーとか、豪華レストランで食事して800ルピーとか、そういう物価の国で
この料金は強気だ……。

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The first sunrise of the year 2006 / Banaras
ガンジス河に登る初日の出/バナーラス

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And, the first sunset of the year 2006 / Banaras
ガンジス河に沈む元旦の夕陽/バナーラス
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by masala_days | 2006-01-19 06:53 | インド話

眠れないJet Airways

さて突然ですが、年末年始はインドに行っていました。
またかよ、という感じですが、なにげに1年半ぶりです。

今回はロンドン出発ロンドン戻りという史上初の試み。
去年、国際線が就航し始めたJet Airwaysが乗り入れていることを
聞きつけ、さっそく乗ってみました。

Jetはインド国内線でかなり何度も乗っていました。
Indian Airlinesの粗悪なサービスに耐えていた時代から考えると
Jetはまさに天国のようなキャリアであります。

さて国際線。乗務員の顔ぶれが面白い。
JALで働いていたという日本語を少し話せるタイ人がいたり、
あっさり薄い系のマニプリっぽい人がいたり、インドインドしていない。

丁寧なサービス。遅れない。食事に気遣いが感じられる。トイレがきれい。
インド系が圧倒的なのに客層がみんな垢抜けている。
エアル・インディアで、乗った瞬間に否応なくインドを感じるのと比べると、
「えーと、これからインドだっけ?」とゆるやかにインドに入っていける感じ。

シートには個人画面があり、オンデマンドで映画が見放題。
さすがインド映画はヒンディ以外にもパンジャビやグジャラーティやタミルまで
網羅していてお見事だ。

帰国便ではアーミル・カーン特集をしていて、思わず「Raja Hindustani」から
「Rangeela」、「Mangal Pandey」を見て、ラール・キラーを歩きながらの
インタビューという番組もしっかり見て、おまけに通常のヒンディ映画コーナーから
「Ramji London Waley」という地味な作品まで見てしまい、9時間のフライトで
一睡もしない結果になってしまいました。

アーミル・カーンの新作「Mangal Pandey」はセポイの反乱で実在した
セポイを主人公にした作品で、「Lagaan」に続く、イギリス植民地からの
独立物語もの。イギリスの東インド会社の軍人たちが、これでもかこれでもかと
非人道的行為を繰り返すのが絵に描いたようでちょっとおかしく、
でもこれってきっと本当にあったんだろうなーと悲しくもある。
アーミル・カーンはさすがの役作りでかっこよかった。凝り性ですね、この人。

なんの予備知識もなかった「Ramji London Waley」は、ビハールの貧乏な
村に生まれるも才能に恵まれた天才料理人ラムジーが、
妹の結婚持参金のためにイギリスに出稼ぎに行くお話。
到着するなりお金とパスポートを盗まれ、雇ってくれるはずだった旦那は死んでしまい、
途方にくれたラムジー。なんとか仕事は見つけたものの、
労働許可を持たない彼は悪徳警官に目をつけられ、
イミグレーションの係官に手入れを受け、それを乗り越えるために悪徳弁護士が
勧めてきた偽装結婚の話に乗り、どんどんヤバイ方へ向かっていく……。

テムズ河の上やらビッグベンの前やら、ピカデリーサーカスやらで踊る
ダンスシーンは真剣におかしかった。イミグレの役人に怯える感じなんかも
ロンドン在住外国人として他人事ではなかったりもし、またまた料理の腕ひとつで
人望を集めていくラムジー青年の好感度もなかなか高く、期待していなかったわりには
面白かった。突っ込みどころも満載。
最後に大金を手にしたラムジーが「インドに戻って村に学校をつくる。そして自分のように
教育を受けられない人を減らす」と訴えるお決まりのクライマックス口上シーンでは
思わずホロリと来てしまった。
あたしゃーインド映画のあの最後の口上が好きだね、やっぱり。

それと前後して、デリーの空港では大挙して出稼ぎ人っぽい貧しい身なりの男たちが
不安そうにロビーに群れていた。以前、こういう人たちと同じフライトでバンコクに
飛んだことがあるけど、機内、「飛行機に乗っている」ことに興奮した
田舎者たちが2等列車のノリでカオスを巻き起こし、そりゃー大変な騒ぎでしたわよ。
あの時は「うるせーよ」と思っただけだけど、今回、こうして彼らを見ていると、
「がんばって稼いでよね」と声援を送りたくなった。どうしてだろう?
家族のために知らない国へ出かけていくお父さんや若者たちに、
以前はまったく感じなかった何かを感じる。ほんと、がんばってよね。
ま、あの人たちと同じフライトに乗るのはちょっとしんどそうだけど。
どの便かと思ったらやっぱりバンコク行きエアル・インディアだった。

結論。
エアル・インディアは好きだが、どちらかを選べといわれたらやはり
Jetを選ぶであろう。スマヌぅ~~~。
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by masala_days | 2006-01-15 09:10 | インド話

Guy Fawkes & Diwali

c0036998_4301591.jpg[A Beautiful Autumn Day]


400年前、フォークスさんというカトリック教徒が、カトリックへの抑圧に不満を持ち、国会議事堂を爆破しようと英国至上最大の謀反を企てたものの、密告により頓挫いたしましたとさ。フォークスさんら一味は捕らえられ、街中引き回されたのち、八つ裂きにされたそうな。

「英国が乗り越えた最大の危機」というような愛国心丸出しの見出しで、毎年11月5日は「ガイ・フォークスをやっつけた記念日」になっている。で、サマータイムが終わった途端にめっきり暗くなった夕方頃から各地で花火があがる。


日本では夏の風物詩である花火は、イギリスでは秋の風物詩なのだそうだ。
ロンドン各地でも大規模な花火大会が開催され、それ以外にも、近所のあちこちで
花火を打ち上げることになっている日らしい。まあ、うるさいんだこれが。

去年の私は引きこもっていたのでこれがイギリス由来の祭りとは知らず、
ちょうど同じ時期に祝われるヒンドゥー教3大祭りの「ディワーリ」だと思い込み、
「やっぱりロンドンはインド人が多いんだなあ。頑張ってるなあ」と、かなり
トンデモナイ勘違いをしていた。

ディワーリはヒンドゥー歴の正月にあたる。日が暮れると爆竹や花火がガンガンあがり、
朝までうるさいこと、うるさいこと。本来はバターランプを飾ったり、掃除をしたりして
富の女神ラクシュミーを招きいれる祭りなのに、どうもインド人は祭りに命をかけている
というか、まさにこの日のために一年間耐えたんだぜ燃えるぜ俺は、というフシが
あって、その盛り上がりは半端ではない(3月頃、これもまた狂気の沙汰となる
ホーリーという祭りもある)。

バナーラスと、インド北部のシムラーというイギリス植民地時代の夏の
避暑地だった街で、私はこのディワーリを迎えたことがある。

シムラーは標高の高い山間にある。
コロニアル調の建物が山間いに張り付くようにして建っていて、
あまりインドっぽくないが情緒のある街だ。

2001年11月、シムラーは雪でも降りだすんじゃないかという寒さだった。
いろいろと勝手な事情から、心身ともに少々辛い旅の途中で(とか書くとかっこいいな)、
何千何万という無数のバターランプのほんのりした灯りにぼんやりと浮かび上がる街が
なんだか浮世離れして目に移ったものだ。

宿の隣の部屋のオーストラリア人が実にピースフルな好青年で、
ピースフルゆえにとある乾燥植物を所持していて、高台の宿のテラスから街の灯りを
眺めていた私に白い息を吐きながら「どーお?」などと誘うので、
ついご相伴にあずかってしまったりもし、よけいに刹那的な、危うい魅力のある街に思えた。
寝袋を持っていなかった私は眠れずにブルブル震えながら夜半まで花火の音を聞いた。

翌日からもずんずん北上を続けて、崩れそうな山道をよろよろのローカルバスを乗り継ぎ、
キナール地方というところにあるレコンピオという街を目指した。

レコンピオからキナール・カイラス山をどうしても見たかった。
チベットにある聖なるカイラース山に似ているそうで、くそ寒いチベットを逃れて
シヴァ神が冬の間滞在するという、ひじょうに嘘臭いながらも妙に惹かれる逸話の
ある山だった。

悪路をおんぼろバスに揺られてやっとたどり着いたレコンピオから見るその山は、
真っ白い雪に覆われて朝に夕に色を変え、それはそれは神々しかった。
旅の道連れに、触ると百万本の針が一気に飛び出てきそうな、あるいは
粉々に自己分解してしまいそうな、なんでそんなものをムリヤリ引っ張り出してきたのか、
どれだけ足掻いても私の能力では扱いきれないのに、なんでそんなものに執着するのか
自分でもよくわからない危険物を持っていて、でもその危険物が一瞬針を引っ込めて
眠りについているのを自分勝手にホッと一息ついて眺め、
なにはともなく山に感謝したものだ。

人は、他人にとってはどうでもいい衝動に突き動かされてバカな旅をするものだ。
ほんとにさ。

翌年のディワーリはバナーラスにいた。
銃撃戦でも始まったかと思われる、すさまじい音と煙の一夜だった。
屋上から街を見ていると、あああそこは金持ちだからでかい花火があがるなとか、
あの辺はビンボーだから爆竹だけだなとか、面白いように分かってなかなか楽しかった。

そんなこんなの、ちっぽけな思い出のあるディワーリである。
ガイ・フォークスの花火はディワーリほど勢いがなくて、
一発一発がなんだか気が抜けたような間隔であがり、飽くことのないエネルギーで
繰り広げられるインドの花火と爆竹の夜を知っている身には少々間が抜けている。

遠く大英帝国までやってきて、ふと数年前の苦くて甘くて酸っぱい記憶を反芻した
ガイ・フォークスの夜でありました。

時間は勝手にどんどん流れていく。
毒薬すらも、いつか記憶の果て、一抹の苦味を残して暖かくまあるい味に変える。
幸せであるように、時々ね、遠くから祈っていますよ。
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by masala_days | 2005-11-08 05:24 | インド話

またしてもミスっていた

がががががーーーーーーん。

私が愛するインド映画界きっての怖いおやじ、アムリーシュ・プリーがなくなっていたことを
いまさら知った。今年の1月だとか。

なんでこう、いつも乗り遅れるんだろう。
アムリーシュがもういないなんて。うえーん悲しいよう。

確かに、映画賞なんかで出てくると、どこかが悪そうな顔色をしていたけど。
ボリウッドの怖いおやじ役は誰が引き継いだんだろうか。あの人以外にいるんだろうか。

72歳だったそうです。そうだよなー、80年代とかもっと前から
数十年怖いおやじやってたんだもんなー。偉大だ。
実際、かなりやくざな世界とつながりがあったらしいというのもよく知られた話。
芸能界ってどこでもそんなもん。そんなことはいいんだよ、
あたしゃーあの人の分かり易すぎる「怖いおやじ度」をこよなく愛してたんだよ。

もうひとり愛するおやじ役のアヌパム・ケールは確かすごく若いんだった。
実年齢若いのに、いつも老け役。アムリーシュと対照的に、理解ある優しい
父親役と言えばこの人。
ちょっとトボけたような味もあり、かと思うと冷徹なマフィアのおやじみたいな
役もたまにやっていて、本当はすごく芸風の広い人なんだと思う。

「Bend It Like Beckham(ベッカムに恋して)」(ベッカムってこんなつづりだったっけ)でも、
伝統を大事にしながらも、新しい波にのりかけているわが子を最後には認める、
シク教徒のおやじ役をターバンかぶって熱演してました。

ああ久々にインド映画魂が燃える。そろそろ、あの無意味に歌って踊る感じが恋し。
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by masala_days | 2005-10-25 10:27 | インド話

ラダックより情報が早い

書き込み続き。

今朝のニュースでパキスタンの大地震が伝えられた。
「インド北部カシミール地方でも」という解説に、いてもたってもいられず、
ラダックのレーにいる友人一家に電話した。
地理的にはだいぶ離れているけど、わたしが知っているラダック人のなかには、
わりと頻繁にカシミール方面へ出かける人もいたからだ。

電話はあっけないほどすぐつながって、わたしが
「ジュ、ジュレー(ラダック語で「こんにちわ」)」のあとに何と続けていいものか、
長男と長女以外は英語がほとんど通じないので、なんとか乏しいヒンディー語で
用件を伝えようとしたら、電話口にいたのは、「あれ、どこにいるの、今」と、
レー近郊のティクセにお嫁にいったはずの長女だった。

「今ねえー、お兄ちゃんのお祝いがあるから里帰り中でねー、準備がいろいろ忙しいのよー」
とのんびり答える長女ヤンチェン。
「あのねー、今ニュースでカシミール地方でも地震の被害拡大っていってるんだけど」
「え、なんのことー? 地震ってどこであったの?」
と彼女、地震のニュースなんてまったく知らない模様。

こういうことは以前にもあった。カシミール方面でテロがあったり、実戦があったりして、
安否を確認するためにメールを出したところ、ころはちょうどサッカーのワールドカップで、
衛星放送で試合をみていたラダック人の友人は、「日本のイナモト、すごいねえー」
とのんきな返事を書いてきた。

国際電話があっというまにつながって、衛星放送を見られるラダックと、
ほんの目と鼻の先で起きている大地震のニュースすら届かないラダックと、
ほんとうに同じラダックなのか、と思う。

陸路で行くと分かるけど、ラダックってすごい辺境なんだよ。
ヒマラヤ山脈の荒涼とした景色のなかを延々と地を這うように移動して、
やっと辿りつけるとこなんだよ。
それでも、飛行機に乗ってしまえば一時間ちょっとでデリーにつく。
その一時間に「ここで落ちるのだけは嫌だ」というような険しい山々の、
美しいけれども空恐ろしい景色の中を飛ぶのだ。

あの一時間のあいだ、ビルがうごめく東京と、真っ白な山々しかない下界の景色と、
バナーラスのすすけた景色が交互に頭に浮かんで、それらが同じ地球上に
存在していることがたまらなく不思議に思える。

知らないから呑気でいられるということもあるよね。
知人が死んでも、その情報がなかったから平気でいられる。
時間差をもって伝えられると、思ったよりもあっさり乗り越えられるものだ。

なんにしても、被害が極力少ないことを祈ります。
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by masala_days | 2005-10-09 00:11 | インド話

インド映画にはまっていた話

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[Layered Posters on the Wall / Musoori India, 2001]
The wall of the building in the town was filled by cinema poser. No poster was peeled perfectly, it was a collage of many different posters.

3月26日にロンドンで、ZEE PREMIER というインド有数の映画雑誌が開催する映画賞の授賞式が行われるそうだ。私は毎年この賞が楽しみで楽しみで、あの手この手でテレビ鑑賞していたものだ(もうひとつ有名な賞に「Film Fair Award 」というのもある)。

駅で告知ポスターを見るまで、この授賞式がロンドンで行われていたことを知らなかった。ボリウッドの主要な俳優女優が結集する、ヒンディー映画ファンにはたまらないイベントです。ま、インド版アカデミー賞みたいなもんです。ひじょうに心動かされるものがあるのだが、ロンドンとはいえ西の外れに住む身には、会場がちょっと遠い。おまけに一緒に行ってくれる奇特な友人もいない。私はたいがいのことは「おひとりさま」でいける方だが、これはなあ、ひとりで行ってもなあ、完全に浮くだろうしなあ。

私がインド映画にはまっていたのは、98年~2000年くらいの間のことだ。
キネマ旬報社刊の「インド映画極楽玉手箱」という、今後おそらく二度と発売されることはないであろう、日本語で書かれた最初で最後のインド映画の辞典の執筆に、ほんのちょっとだけ参加したこともあった(今思えばあれに下っ端ながらライターとして参加できたのは本当にラッキーだった。楽しかったなあ)。

当時はまだ、古き良きインドの古典的観念に基づいた、まあ言ってみればベッタベタにインド臭い映画がつくられていた。最近のは変な具合で西洋の真似をしていて、どうもダメです。踊りの上手な魅力的な女優さんも極端に減ったし。

ああ、授賞式行きたいなあ。ミーハー魂をとことんまで煽られている。でも、行けないよなあ。無念。ああロンドンにいるのに~っ!

しかたないので芸能人遭遇自慢でもしよう。

去年のちょうど今頃、わたしは添乗員としてインド一周ツアーご一行様を引き連れていた。
ムンバイの空港で、搭乗ゲートに入る直前のボディチェックポイントにて。こういう場合、添乗員はまず先にチェックを抜けて、反対側でお客様たちのチェックが終わるのを見守る。だから私はグループの先頭にいた。身なりのいい、ルイ・ヴィトンのバックかなんかを持ったインド人女性の次だった。

よく見ると、その身なりのいいインド人ってば、女優のKareena Kapoor ではないか。
片手に読みかけの英語のペーパーバックなんて持ってたぞ。っていうか、彼女ってばものすごい名家出身の超サラブレット系ハイソ女優だっていうのに、なんでまた平民と同じチェックポイントに並んでいるのだ? インドってそういうとこ、お役所的というか融通がきかないというか、四角四面なのよね。

まあとにかくだ、彼女が終わったあと私は小さなブースに入ってピコピコ鳴る警棒でボディ・チェックを受けたのである。カリーナの豊満なボディに触れた同じ警棒である。をを。

よく見ると、隣の男性側の列には、Akshay Kumar、 Salman Khanまでいる。サルマンは噂通り、背が低くて、どうということはなかった。その後合流した彼女らしき女性も、けばけばしくてダメでしたねー。でも、一時期惚れ込んでいたアクシャイ。超かっこよかったです。

なんせ20人近くの大切なお客様を引率中だったので、あからさまに興奮するわけにもいかず、必死で冷静を保っていました。ああ、あれがオフだったら、どうなっていたか分からないな、私。

そんなことはどうでもいいのだ。ああ行きたいなあ、授賞式。
……興味のない人にはとことんどうでもいい話で、失礼しました。
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by masala_days | 2005-03-09 00:15 | インド話

お仕立て天国

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[Illumination of the Papier-Mache / Shanghai China 2004]

チョコレート生姜、食べました。
ゼリー状に固められた生姜エキスをチョコレートでコーティングしたものでした。
うまいのかまずいのか、結局、判断できませんでした。
きっと、ウニとかビールとか、何回か口にしていくうちにだんだん良さが分かっていく類の食品なのだと思います(疑)。

前述のアキオくんが、レストランに設置する椅子のサンプルが出来上がってきた話を書いていました。インドで楽しいのは、この手の「オーダーもの」が比較的簡単に、申し訳なくなるような料金でできる点です。

私は服作りにはまっていました。
下手な絵を描いてデザインを仕立て屋さんに持ち込んでですね、自分のサイズに合った服を仕立ててもらうんですね。私はチビのくせに体格はいいので、既製服がぴったり合うことは滅多になくて、はじめから袖の長さが合ったシャツや裾上げしなくていいパンツなんかをオーダーできるのが楽しくてしかたありませんでした。

バナーラスで私が行きつけていた店では、シャツ一枚仕立てて80ルピー(200円くらい?)でした。職人さんの手間賃より生地代の方が高いんだもの、申し訳なくなるよなあ。

でも職人さん、時々とんでもないものをこしらえてくれて笑わせてくれたもんです。
頭が入らないブラウスとか、右と左でデザインの違う袖とか。

私が存じ上げる、とあるインドの専門家が、
「インド人は、命令する側と命令される側にはっきり分かれる」
ということをおっしゃっていました。

私は仕立て屋さんでこの言葉をよく実感していました。

そこでは私が(言葉に若干の語弊があるかもしれないけど)命令する側ですから、職人さんはただもうひたすら、たとえそれが素人のいい加減なサジェスチョンであっても、私の言うことにひたすら従うわけです。だから時々、変な形になったり、着てみると動作に無理が出たり、服として機能しない「作品」ができたものです。

たとえば本当に熟練したベテランさんだったら、ここにスリットを入れないと変な形になるとか、この裁断には無理があるとか、彼なりの提案をしてくれます。が、数ヶ月の間に、何のコネもなく「これだ!」と信頼できる職人さんを見つけることはついにできませんでした。裕福なインド人はたいがい、代々続く、家族の衣服一切合財を受け持つお抱え仕立て屋さんを持っているそうです。

「なんでも思い通りにできる」というのは、一見便利で都合がよく思えるのですが、結局は何もかも自分の判断でやらねばならず、完成したものがちんちくりんでも文句を言う相手もおらず、ずいぶんと疲れることだなあ、とよく思いました。

大人になるのがツライのと一緒よね。
二十歳くらいで見合いで結婚しときゃよかったと、時々、思う。
(本日、支離滅裂気味なのは月曜日だからです。もう頭がわやになる忙しさ)。
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by masala_days | 2005-03-07 22:47 | インド話

肉食日和

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[Conjee M's special] Best power food after illness

私はベジタリアンではないのだが、思うところあって数年前から、普段は極力、動物性食品を絶った食生活をしている。同居人が菜食をする理由とは根本的に違って、なるべく出所の分かるものを食べたいというのが理由で、そう思うと自然、肉食を避ける方向にいってしまう。なんというかつまり、「食べるなら自分で卵から育てて自分の手で殺して食うぜ」的な、ちょっと野生児気味な理由。

それはそれで全然不都合なく、むしろ健康に毎日を送っている。ところが2ヶ月に一度くらい、モウレツに「肉だ肉だ肉だ肉だ肉だ~!」と、ガツンと肉食に溺れたくなる時期がある。

今回も熱にうなされながら思ったのは「立ち上がれ今こそ肉だ」(なんだそりゃ)でありました。

同居人に見つかるとうるさいので(本当に面倒な人を選んだものである)、彼の外出中にフラフラな足取りで「肉食だ!」という思いつめた瞳のまま近所のスーパーに駆け込み、イギリス名物ベーコンの塊を買ってきた。骨付き肉は骨が残るし、普通の生肉は臭いが残るので、こういう時の救世主はベーコンだ。

イギリスのベーコンはウマイ。日本の、あの塩気の強いカリカリした薄いものと違って、塊や厚切りで売っている。肉食の歴史はやはり本場なので、素朴でどうってことのない食材なのに奥が深い。産地・飼育方法も、ものを選べばそれなりに安心できる。以前、やはりイギリス人の夫と暮らす知人の家に遊びに行ったときに、この塊ベーコンをことこと1時間ほど茹でたものをごちそうになって以来、私の密かな好物である。

まったくもっていつのまにか私にとっての肉食は「禁断の楽しみ」になってしまった。なんだか知らないが罪悪感が伴う。それは同居人の手前というのもあるし、たぶん、自分でも気づかない他の理由もあるんだろう。まあ地球の資源は限られているから、できるだけ豆食いで土地を節約したいよな。わたしゃー動物が可哀想とかは全然思わないが「牛一頭を健康に育てるために必要な飼料と土地があれば、その何倍もの豆を育てられ、何倍もの人口に必要なたんぱく源を確保できる」という説にはとても説得力を感じる。先進国に住む人間はみなもっと肉食を見直すべきだと思うよ。ベジタリアンになる必要はないけど、日常の食事にさして意味もなく無意識に加えられている動物性のものは、実に不必要なものだと思う。これほんと。

だけど今日は肉だあああっ! 少量パックで買ったベーコンは厚切りになっていました。小鍋で茹でて、ちび丸青ライムをキュッと搾って食べる。

ああ肉です。

生き物のエネルギーをいただいてる感じがします。細胞のひとつひとつに力がみなぎっていくのが分かる。ボケ~ッとしていた頭も冴え冴えとしてくる。大袈裟じゃないのよ本当なのよ。

インドに住んでいた時のこと。レストランとか「うちはアルコールと肉は置いてません」って書いてあるのね。そのふたつがあると街の不良どもが夜な夜な集まってくるとかこないとか(笑)。つまりインドでは肉食はお酒と同じような位置に挙げられているらしい。やっぱり本来、もっとも原始的な人間の営みとして、肉食ってのは精神を高揚させる働きがあるんじゃないかと思います。毎日、病的に育てられた「工場製品」としての肉を食べていると、この感覚が分からなくなる。私はそれが怖い。

で、ベーコンの茹で汁をちょっと啜ってみるとこれがまた軽い塩味でいい出汁だ。もったいないので昨日作ってあったお粥にどぼどぼ加えてしまった。ちょっと香港とかの中国風の、コンジーらしきものになった。これなら肉の痕跡がないから、鍋に残しておいても同居人にはバレまい。

栄養補給はばっちり。証拠は全て腹の中。
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by masala_days | 2005-02-19 22:39 | インド話


20代の暗黒時代をインドとイギリスその他あちこち季節移動し続け、30代、やっと日本国で社会復帰。8か月の産育休を経て、現在、働くかあちゃん。オットの不在中に衝動買いしたマンションの借金返済に勤しむ


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