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Saturday Special

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左からサンバル、プレーンダル、きゅうりとセロリのライタ、黒ひよこ豆の煮込み。本日どうも料理に調子が出ない。塩加減間違えるわ、段取り悪いわ。豆好きとしては、たまには違った豆をと思って開けた黒ひよこ豆の缶詰、もともと塩味だったのに気づかず、いつもの調子で塩を投入してしまった。なんで最初の味見で気がつかなかったんだろう。妊娠でもしたか(こういうセンス、最近とみにオバちゃん化して困るわー)。おかげで塩気を薄めるためにトマト缶をあらたに投入、豆カレーをつくるつもりだったのが、結局鍋いっぱいのトマト&豆カレーになってしまった。サンバルは本来トゥーラン・ダルを使うところ、この豆は煮崩すのに時間がかかるので手抜きでさっと煮えるムング・ダルを使った。いつもこれでつくっていたら分からないだろうけど、やっぱりトゥーラン・ダルじゃないとコクが足りない。はぁ。

あんまり食欲もないまま写真だけ撮る。同居人きれいに平らげてくれる。
あなたほんとによく食べるなあ。

今日は朝から北西ロンドンのWatfordに行ってきた。同居人母が毎週買い物に行くところで、それに便乗して巨大スーパーマーケットへ。

この国の人はみんながみんな週に一度、土曜日に一週間分の食料を買い出すことになっているらしく、土曜日のスーパーは混みに混んでトロリーも人も溢れかえり、レジの前に長い長い列が続き、子供が泣き叫び、夫婦喧嘩が炸裂し、たいがいが殺気立った修羅場と化している。

日本にいる時はスーパーが大好きで、用もないのに毎日行っていた。タイや他の国でもスーパーをぶらぶら見て歩くの好きだ。でもイギリスに来てからはこの土曜日の買出しのせいで、楽しみだったものがほとんど「義務」になってしまった。毎日新鮮なものを買う方がずっといいのに、特に郊外では仕事帰りにブラリと立ち寄れるような気軽なスーパーがないので、どうしてもまとめ買いになってしまうらしい。それでも私はなるべく学校近くなんかで新鮮なものをちょこちょこ買うようにしているけど。

ところで今日のスーパーは初めての超がつく巨大スーパーだった。一瞬で迷子になりそうなので、3人で声をかけあいながら必要なものをトロリーへ投げ込んでいく。もう早く終わらせたくてしょうがないので小走りで(笑)。同居人母は毎週来ているだけあって何がどこにあるか熟知しており、「右、左、あそこの柱の影にあるわ」と盛んにわれわれに号令をかけていた。まるで何かのゲームのようなこの土曜買出しよ。

私と同居人は車を持たないので、買い物の際はいつも難儀する。今日は車保持者の同居人母が家まで送ってくれるというのに思い切り甘え、ここぞとばかりに缶詰やらトイレットペーパーやら大きなオリーブオイルやら、重いもの及びかさばるものを買い込んだ。いつも他の人々の、これでもかっ! とものが積み上げれたトロリーを見ては「何をあんなにまあ、親の敵みたいに買い込むんだろう?」と思っていたのだけど、今日は初めてわれわれのトロリーも一杯になった。お会計95ポンド(約2万円)にちょっとビビる。

帰りは同居人母の車が荷物で一杯になり、私の座る場所がなかったくらい。
ああ疲れた。
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by masala_days | 2005-02-13 06:05 | イギリス話

心清らかに生きるべし

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Cycling in the rain / Vien Chan, Laos 2002

夢枕にじいちゃんが立った。
私が何かヨコシマな企みを持つと必ずじいちゃんは現れ、
「人の道に外れることはしてはいかん」
と言う。

先週から何かと悪態をつき続けてきた私はいたく反省する。
ヒトサマの悪口を言うにも限度があるというものだ。
これからは心清らかに生きよう。

以前執筆に参加したとある書籍で、とあるライターさんが
「日本人が多い観光地では日本語を理解する現地の人も多く、うっかりしたことを言えないので、彼らに悟られぬよう、われわれは古語を使って会話していたのである」
ということを書いていた。

詳細が手元にないのがまことに残念なんですが、人前でいちゃつくカップルをやじるのに、
『その者たちの接吻あまた、抱擁いとはげし、人目をはばからぬことはなはだし』
とか何とか言い、巧みに会話していたとか。

なぜそんなことを急に思い出したかと言うと。

かxかxるわxが師はPCオタクであることすでに周x知の由。
かの人かつてわれに興x味ありきこといとはげし、よってこのブログの存x在知る。
本x日わが友の忠x告いはく「かの人おそらく自x動x翻x訳にて貴殿のページチェックしているとおもはれ、滅多なこと書かずこれ賢し」。

ああ駄目だ。われながらまったく教養がないー(笑)。
イギリスの(ヨーロッパ全体がそうかも)教養ある人々は学校でラテン語を習うそうで、今のクラスでも、ラテン語の単語を引用した文章を読むことがたまにある。きっと日本語の古文漢文みたいなものなんでしょうね。

まあとにかくだ、ここ数日の悪口三昧の文章を試しに自動翻訳にかけてみたら、めちゃくちゃな文章ではあるものの、それなりに内容の分かるものになった。人は自分のことを言われている時は、それが悪口ならよりいっそう、ピンとくるものである。

先生ゆるしてっ!
可愛さ余って憎さ百倍というやつなのよっ!
(これを自動翻訳してみてもわからないだろうなあ。おほほほほ)。

悪口を書くのは、もう少し教養とか、高度なテクニックを身につけてからにしようと思った今日この頃(それでもやめないのが性根の悪いところです)。
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by masala_days | 2005-02-12 07:59 | 旅なんちゃって

人種差別というやつは。

「どの面下げて」とはこのことでしょうね。
……などと思いながら毎日うちの先生の授業に出ている(ヤな生徒だ)。

相変わらず冴えない感じで、3日続けて同じパンツを履いてきたりし、でも心なしか張り切り具合が、唾の飛ばし具合が違い、目に輝きみたいなものがちらつくのが実に実に憎らしい。
相手の女の子にもなぜかよく会う。
先生の汗っかきな小太り具合と彼女の貧弱な体格を見るにつれ、思わず淫らな想像力をかきたてられてしまい、あんなことやこんなこと、そーんなことまで……、と気が散ることこの上なく、ひじょうに困っている。

とここで唐突に話は変わる。

東京で普通に生活していてあからさまに人種差別のようなものを肌で感じることはあまりないような気がする(あるのかもしれないが少なくとも私の日常生活範囲では顕著でなかった)。でも、日本以外の国で日本人として生活すると、大なり小なり様々な形で生活の中に「人種差別」というものが存在することが分かる。

イギリスに来てからも色々あった。
ヒースロー空港のイミグレーションで役人にいじわるされたとか、バスの運転手さんにネチネチ文句を言われたとか、満員のバスで白人の子供たちに「色つきは降りろ」と大合唱されたとか、月々いくら出すから妾にならないかと行きずりのオヤジに持ちかけられたとか、言い出せばキリがない。

でも、それらはたいてい「ああ中国人と間違われたのね」とか、「教養のない下品な奴らめ」などと内心悪態をついて終わり、なんとなく日本人としての自分のこととして差し迫ってこないので、結局のところ、こちらは大して傷つかない。もっとひどいことされてる人たちをいっぱい見てきたというのもあるし、なんというかやっぱり日本人の驕りなんだろうか、おめでたいと言うべきなんだろう、「存在」は認識しても、いまいち自分に降りかかってこない気がするのだ。

おまけに、私の場合「された」と感じたことはあっても、自分が「した」とはっきり思ったことはこれまで一度もなかった。

うちの先生は姓からはっきり分かるユダヤ系移民で、彼女の方は国際的に国とは認められていない、とある小さな島の出身である。最初にこの組み合わせを知った時、まず一番に出てきた感想が「ああ彼女はパスポートが欲しいのね。英国籍なら誰でもいいわけね。先生も白人よりはオリエンタルの方が都合がいいわけね。両者の利害が一致したわけだわ」というものだった。
次の瞬間、そういう感想を持ったことに、我ながら驚いた。ショックだった。

これが俗に言うところの「人種差別」というものじゃなかろうか。
と、気付いたからである。
私の感想が万に一つの可能性で真実だったとしても、誰が誰と付き合おうが、そんなことは他人が口を挟むことではなく、私なんてお呼びじゃない。だいたい、楽しい楽しい蜜月を迎えている彼らにとって、他人のくだらん邪推なんぞはまったく何の影響もないのである(……と書いているうちに何だかまた腹が立ってきたなーもう(私も相当しつこい))。

では一体、何が私に差別意識を持たせたのか。
うーん、分からん。

彼女の方に関しては、たぶん、それなりに理由がある。
たとえば、トイレですれ違ったとき、トイレットペーパーをちぎって顔の脂を押さえていたとか、着ている服がいかにもスーパーの特売品です、みたいな安物でみすぼらしいとか、いつも上目使いで首を少しかしげて人と話すとか、身体が妙に細くて姿勢が悪いとか、そんなことだ。要するに貧乏臭い。こざっぱりした気持ちのよい清貧とは違って、いかにも他人に訴えるところのある、小賢しい貧乏臭さが私はとても嫌いなのらしい。

でもこれらと人種とはあまり関係ない。どちらかというと、単に個人的に嫌いだというだけだ。でも、あの感想を持った時、私はこれこそが「人種差別をする」という行為なのだ、と確信したんだよな。個人的嫌悪感にうちの先生への恋心が絡んで、そこへたまたま人種とか国籍が乗っかってきたってことだろうか。ああますます分からん。

などと思いながら数日を過ごし、今朝、鏡を見たら、左の口元にくっきりとシワができている。
小ジワなんてものじゃない。くっきり。
いかん。これはいかん。一応、私は年齢よりは若く見えるらしいのだが、このシワはいかん。
醜い考えを起こしていると、顔まで醜くなってくるのだ。
早急に心清らかに気高く生きるよう努力しなければ。

というわけで。
差別はいけません、といくら言ったところで、つまるところ、自分でされたりしたりしてみないと、それがどんなものかなんて糸口すら一生分かるはずがないのだなあ、としみじみ思ったのでありました。
それに、自分があの汗っかきの先生とあんなことやこんなことをして絡み合っているところはどう頑張ってみても想像できないので、やっぱり私の恋心はマヤカシだったみたい。

しかしシワは怖い。一難去ってまた一難。
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by masala_days | 2005-02-10 20:56 | イギリス話

意味なくラオス回想

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全然脈絡ないんですけど。一箇所に3ヶ月以上滞在したことが、過去数年の間に数えるほどしかないので、なんだかそろそろ旅行したい病が発症しそうです。うろうろしてる時は落ち着きたくて、落ち着きかけるとまたうろうろしたくなる。困ったもんです。

写真は2002年の5月。メコン川下りをするために、北タイのチェンライからラオス国境のフェイサイに向かっていたバスの中にて。

このバスで私はいまや私のマブダチと言えるであろうカナダ人と乗り合わせたんだった。この時バスには数人の西洋人しかいなくて、大きなギターケースを抱えた彼はいっとう目立っていてね。私は密かに彼をスナフキンと名付けて、うーん好みだわ、なんて思っていた。

翌日、メコン河下りのボートに乗り込んで出発を待っていたら、スナフキンがひょっこり現れた。雨季到来前のボートは超混み合っていたから、席にあぶれた彼はひとりでボートの舳先に飄々と座りこみ。うーんますます好みだわー。

後日ルアンパバンのメインストリートを歩いていたら、またスナフキンにバッタリ会った。お昼を一緒に食べて、それからとりとめもない話をした。数日後、私がひどい下痢と熱で倒れていて、なんとか這ってでも病院に行こうとしていた、ヘロヘロよれよれ頭ぼさぼさ顔も洗えず汗臭い、できることなら好みの男性には会いたくない、まさにその瞬間にまたバッタリ会ってしまったりもした。

その後カンボジアで再会したり、インドネシアで2ヶ月同居してみたり、恋人でもない男性とここまで親しくなったのは後にも先にもあれきりだ。離婚問題で揺れていたスナフキンと、とある理由で病的に旅行を辞められなかった私とは、なぜかタイミング的にぴったりの相性だったのよね。異性の友人っていいな、と思わせてくれた貴重な人です。
そんなこんなで彼とは今に至るまで付き合いが続いています。

ああもう、何年の何月にどこにいたかとかすっかり忘れていて、あれ、去年の正月はキリマンジャロだっけカンニャクマリだっけ? とか考え出すと混乱することこの上ない。最近やっと2001年春に会社を辞めてからの年表をつくったんだけど、それがまあ、一苦労だった。以前は日記をつけていたのにここ数年ライター業に没頭するにつれて記録的な日記は一切つけなくなっていたし。普通は逆よね。文筆業ってメモ魔みたいなところがあるはずなのに、私の場合、どんどん書きとめなくなっている。って、だからここのブログはじめたんだけどさ。

イギリスは今、移民法の改正ですったもんだしています。選挙近いし。今まで以上に移民を締め出す方向に確実に向かってる。一応、身に降りかかる可能性のあることなのでアンテナを張っている。なんかなー、急に白人優先みたいな前時代的な発言まで飛び出してきて、やな雰囲気だなー。でも、やはり通らねばならない道。私は基本的に厳しくする方向に賛成だ。それと、イミグレもしくは移民局の役人が尊大になってよい、というのは、断固、別の話だけどね。
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by masala_days | 2005-02-08 22:02 | 旅なんちゃって

Sunday Roast (Veg)

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月に一度ほど、ロンドン郊外Rickmansworthに住む同居人のお母さんを訪ねる。古き良き、というか、今でもおそらく一般的イギリス人の感覚では、「日曜といえば家族そろってのSunday Roast」という習慣が頭に残っていることと思う。まどろっこしい書き方なのは、誰でもみんな知ってるけど、これを律儀に実行している家庭の数は明らかに減っていると思われるからです。

同居人のお母さんは絵に描いたような典型的なイギリスの庶民階級のご婦人だ。庶民階級つうのはつまり「working class」つうことですが、私はこの呼び方があまり好きじゃない。呼ばれている方は全然気にしていないんだけど。

普通、日本で「中流階級」と言えば、平々凡々、特に金持ちでもなければ貧乏でもない、という意識を指す。が、イギリスでは、ミドルクラスといえば、さらにアッパーミドルクラスといえば、上流階級に片足ひっかけているような響きがある。映画「Billiy Elliot」(邦題「リトル・ダンサー」なんつう舐めたタイトルだっ!)で、炭鉱夫の息子である主人公ビリーが、バレエの先生に向かって「このミドルクラス気取りめ!」とののしる場面があって、これなんかまさに、ミドルクラス(中流階級)が「ワンランク上なのよ」的存在である象徴ですよね。

とまあそんなことはいいのだが、同居人母宅を訪れると、決まって同居人がこのSunday Roast をつくる(彼の料理のレパートリーはほとんどこれだけ)。面倒くさいことに彼はベジタリアンで、普通ならお肉がメインディッシュになるローストも、キノコと小麦粉などが原材料の得体のしれない肉もどき塊のローストだ。私は決してベジタリアンなどではないのだが、この場合は彼に従わねばならない。お母さんはノンベジなので、自分だけチキンやらビーフやら食べる。

で、この料理というのが、すごいわよっ!
ジャガイモ、キノコ肉塊、ヨークシャープディング(シュークリームのシューだけみたいなもの、とよく形容される)→オーブンに突っ込むだけ。スタッフィング→出来合いの乾燥したものをお湯に溶かして混ぜ混ぜ、オーブンに突っ込む。ブラッセル・スプラウツ(芽キャベツ)、ラナ・ビーンズ(長いいんげん)→冷凍ものを、色と味が抜け、くたくたになり、これでもか! というくらいしつこく茹でる。

これに、粉末のグレービーソースをお湯で溶かしてハイ、できあがり。
私にしてみればこれは料理ではないのですが、ま、そんなことは言えない(笑)。

せめて野菜は塩で色鮮やかに、さっと火を通す程度に茹でてくれるとかして欲しいんですけど、野菜はいつもいつも例外なく茹ですぎで、おまけにイギリス人は料理中に調味らしきことは絶対にしない。料理に味がつくのはテーブルに出てからなんですね。塩こしょうは食事前に気が狂ったように上からかけ、食事中は食事中でグレービーソースとか、マスタードとかで大雑把に味をつけながら食べます。

同居人はこれをたっぷり1時間くらいかけて準備し、あとはめいめいがお皿にドンっと盛っていただきます。といってもここの家には食卓というものがなく、トレーに乗せたお皿を膝に乗せての食事なんですね。これは今でも慣れません。で、楽しい団欒かというと、食事しながらみんなで黙って仲良くテレビを見ている(笑)。
時々お母さんが、
「あらこの俳優太ったわねー」
「ねえちょっと前回の見逃しちゃったからビデオ探してよ」
などと発言するのが、かろうじて会話らしきもの。

うーん。こんなことで家族の団欒といえるのか? ということはさておき、やっぱり、これもひとつの団欒なのでしょう。
最初は「こんなものが食べられるかぁ!」とちゃぶ台をひっくり返しそうだった私も、なんだかんだとこのいい加減なSunday Roastが好きになりつつある。全然おいしくないんだけど、なんでかね、やっぱりたまに食べないといけない気になるのよね。
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by masala_days | 2005-02-07 22:31 | イギリス話

Saturday Special

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恒例の土曜ランチです。同居人が2週間ほど前から「パニールが食べたい」と朝に夕にさりげなく要求してくるので、今週はインド料理屋さん定番のサグ・パニールをつくってみました。あ、パニールは「インドのカッテージ・チーズ」とよく表現されてます。

パニールをつくるのは面倒ではあるのだけど大して難しいものじゃない。が、イギリスの牛乳できちんとできるか不安で(なんか色々いじってあるんだもの)、結局、いつも行くインド系食料品店で出来合いのものを買いました。1キロで1500円くらい、うちは大食漢がいるので500グラム買った。けっこうな出費。そういや、物価の安い本場インドでも乳製品は高級品だったっけ。

ということで、本日は北インド系メニューで固めてみた。
下からサグ・パニール(ほうれん草とカッテージ・チーズのカレー)、ヨーグルト・シチュー、ダルのシンプルな煮込み、マンゴーのピクルス、チャパティ、そしてジャガイモとカリフラワーのシンプルな炒め煮。

サグ・パニールはつくった直後はきれいな緑色だったのに、鍋に入れたまま放置していたら、余熱で色がくすんでしまった。もっと浅く火を通すべきだった。写真だとさらにドス黒くなってあまりおいしそうじゃないなあ。実際の味はよかったけど。ヨーグルト・シチューはこのところ我が家のヒットメニュー。本当のレシピでは生のトマトを使うところ、手抜きでトマト缶を使い、さらに生セロリを加えてクリスピー感を増すように改ざんしてみた。これはこれでうまいです。ヨーグルトは身体を冷やすそうなので、冬場は食べすぎないほうがいいと思うのだが、食欲のない時でもこれならサラサラ食べられる。ダルはもう香菜以外は何も加えないプレーンなもの、チャパティはようやく本物のアタ(チャパティ用の全粒粉)を買ったので、ずいぶん久しぶりにそれらしきものに仕上がった。まだ修行が足りないのできれいな円にならない。ジャガイモとカリフラワーはクミンシードとターメリック、香菜と塩のみで味つけ、ものすごく簡単だけどこういうシンプルな味は飽きない。

パニールは予想以上に重いので、さすがの同居人も今日は「参りました。さすがに満腹です」と降参した。私は料理中の味見やらつまみ食いやらで、すべての料理が完成する頃には、おなか一杯になっているのが常だ。食べた気がしないのにお腹がいっぱいというのは、何だか損した気になる。
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by masala_days | 2005-02-06 02:33 | イギリス話

To my disappointment,

いきなり生々しい話で恐縮ですが。

自己内ランクで「まあまあかな」くらいに思っている男に、実は最近彼女ができたらしい、なんてことが発覚すると、なんだかやけに腹が立つのはなぜでしょう。それも全く根拠なく「どうせ一人身だわね」と決めつけていた相手となると、さらにいっそう余計に瞬間湯沸かし器のごとくムカッとくる。勝手と言われようが何と言われようが、これは全世界の成人女性人口のうち7割方(推定)は経験したことがある感情だと断言しよう。

それでまた相手の選んだ女の趣味が悪かったりして、さらに自分が今までその男からそれなりの好待遇を受けていい気になっていたとなると、ちょっと生半可な怒りでは済まされない。もしかしたらそいつのリストに自分とその女が同時に載っている時期があったかもしれないと思うだけで、普段は大してないはずの女のプライドがおおいに傷つくのである。私はこういうところ、思い切り性格が悪い。

と、前置きが長くなりました。本日荒れ気味ですいませんねー。

かいつまんで書くと、ようは私の担任の先生が、別のクラスの某oriental系の生徒と「デキてる」ということが発覚したわけなんですね。それもその発覚の仕方が、学校の近くの、生徒たちが思い切り日々の拠点にしているスーパーやらバスの中やらでイチャイチャしているところを見られるという、あまりといえばあまりの迂闊さ。

どうもうちの先生はoriental好きなのだな、と気付いてはいた。

このoriental好きという嗜好、西洋人男性の中に常に一定数存在しているもので、私も今までの長い異文化移動生活で、時々こういう人種と鉢合わせしてきた経験がある。どうもコヤツラは黒い髪だとか平面顔だとか長いお尻、つるんとした肌、華奢な体格、舌足らずの語学力、子供っぽいしぐさ、などに惹かれるようで、中でも、お金やら国籍やらに関連した打算の可能性が比較的少ない日本人女性は特にモテる(幸か不幸か私は色々な意味で一般的日本人女性には見えないらしいので、あまり彼らの目には留まらない)。

彼らの特徴とは。まず、スシやらウメボシ、ソバなんぞの日本食、はたまた中国料理にそれなりの知識があり、(無礼を承知で言えば)ちょっとモテなさそうな外見だったり、年齢が少しばかりいっていたり、その他、うまく言えないが、何となく匂いで分かるものなんです。で、最大の特徴は、アジアの女性に過大な妄想を抱いている点。

いわく、アジア女は男に尽くす。いわく、アジア女は奥ゆかしい。いわく、アジア女は道徳観念、特に性的なことに関して身が固い……などなど、例を挙げれば暇がない。「そんなわけないでしょ」ということを律儀に信じていたりする。

うちの先生の場合も、毎日顔を合わせて、下手すると同居人よりも長い時間、まともに話をしているので、その辺の匂いというのはどうしても分かっちゃうのだ。ま、多少規格に難はあるとしても、一応はorientalである私、他の生徒よりもちょっとヒイキされていたと言ってもいいかもしれない。

どんな分野であれ、師に教えを乞う勉学というのは、生々しくならない程度の恋心があった方がうまくいく、と私は思っている。だからまあ、むろんそれだけじゃないが、その、相手の端々に見え隠れする好意的な態度というのが、おおいに私の向学心を煽っていたのは確かである。だいたい、日常会話をとっくに離れた小難しい英単語ばかり延々と出てくるような日々の授業、先生に多少の憧れくらい持ってないと、とてもじゃないが、やっていけないんである。

先生の方も、授業に対する私の食いつきが誰よりも早くて、彼の狙い通りに成果を挙げることに、それなりのヨロコビのようなものを感じてくれていたと思う。ちょっと冴えない、彼女いない歴何年という感じの先生と、ガリ勉少女が三十路を過ぎたつう感じの生徒は、教室という密室の状況でわりかしうまい具合に秘密の共犯関係を築いていたわけですよ。

それがアータ、いきなり何の前触れもなく、ぶち壊しですわよ。

相手の女の子が普通にいい子ならまだ、「ちっ」と舌打ちするくらいで済んだに違いないのだが、聞けば聞くほどマイナス面ばかり。だいたい、いちゃつきぶりを学校と目と鼻の先で目撃されるなんぞ、教師として失格だ、遠方やら密室やらで何をしようが私の知ったことではないが、学校周辺でそんなことをしてはならない。

だってだって、私の淡い恋心と向学心をどうしてくれるというのだ。

私もいい大人なので、ヤングな生徒が圧倒的多数を占める校内では、割合と落ち着いた反応をみせていた(つもり)。が、本日、その先生のことをよく知る、今はもう別の学校に通っている友人に会い、堪えきれずに数時間に渡って「きぃぃぃぃっ」を繰り返してしまった。

「やつも妙齢の男だからさ、寂しかったんだよ。手頃なところに現れてくれれば誰でもよかったんだよ」

友人はそう言った。ちょっと同情の響きのある言葉だった。いっそ、その評判のイマイチよくない彼女にいいように弄ばれている、という図式の方が、私にとっては救いがあるというものだ。かつてヒイキの恩恵にあずかっていた友人もまた、「きぃぃぃぃぃっ」と私と同じくらい叫んでいたのではあるが。

……と、散々吼えたのち、帰宅して努めて知らん顔で同居人と戯れていたりするのだから、私も勝手なもんである。いや、日常生活に多少は色をつけるというのは大切なことですよ。世界人類皆兄弟。ああ何がいいたいんだか。

何はともあれ、
I don't give it a fuck!!!!!
(今日はお下品でしたねー)。
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by masala_days | 2005-02-05 08:23 | イギリス話

遠くて近い両国

インドにいた頃、まさか数年後に自分がイギリスに移住することになろうとは思ってもいなかった。

ただ、イギリスの影響というのをあちこちで目にしたり肌で感じたりして、漠然とだけど、この国についてなんらかの伏線めいたものがあったのは確かだ。たとえば、いわゆるインド英語は大英帝国仕込みだし(発音も文法も大いにインド化してるが)、レストランのサービスやら、左側通行の道やら、ボンベイやカルカッタに残された植民地時代の建物やら、私がいまさら言うまでもなく、インドの風景、そして日常に、イギリスの欠片がたくさん残っている。

イギリスに来て、今度は逆のことを感じている。
イギリスの文化や生活に、インドあるいはそれを思わせるインド亜流なものが、予想以上に深く浸透しているからだ。

特にロンドンはインド人が多い。私の住んでいる北西ロンドン郊外某所はことに多くて、インド系食材を調達するための食料品店には困らない。そういや、うちの両隣もインド人家庭だし。

一口にインド人といっても、みんなそれぞれ違うルートでイギリスに辿り着いたらしく、東アフリカ経由だったり、実はバングラ人やパキスタン人だったりすることは、以前、ちらと書いた。それは主に、去年、渡英直後に見た、「Asian Invasion」というテレビ番組からの知識だったのね。

日本で「アジアの侵略」なんてものをテレビ番組のタイトルにしたら物議をかもしそうなんですが、イギリスでは問題ないみたい(ちなみにヨーロッパやらアフリカで「Asian」といえば、まずはインド系のことを指す。日本人はAsianというよりも、中国人と同じように「Oriental」と呼ばれることが多い。関係ないが、去年クラスメイトだったイラン人の子が、「私たちアジア人」と私のことも含めて表現したことがあって、私にしてみればイランは「中東」で自分とは明らかに違う管轄だと思っていたので、なんだか意表をつかれた感じだった)。

と大きく話しがずれましたが。そのテレビ番組によると、イギリス内のインド人は次のように分けられるらしい。

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1)東アフリカ経由の人々
むかーし昔(この辺、覚えてなくてツメが甘いのがへっぽこライターたる所以)、イギリスが東アフリカに鉄道を建設していたころ、労働力としてグジャラート州の6つの村からインド人を連れて行った(のか有志を募ったのか見逃した。うーん)。こういう場合、働き手の男衆だけがいくということはありえず、はたまた女性もサリー姿で建築現場で働いていたりするので、おそらく家族ぐるみで行ったのだと思われる。で、地域やカーストで苗字がある程度固まっているお国事情から、彼らの多くが「Patel」さんだったそうです。

ケニア、香港、シンガポール、そしてイギリスと、今まで世界中でこの「パテル」さんという苗字を耳にしてきたけど、もとを辿ればグジャラート州の小さな村の苗字だということ、驚きだ。
で、鉄道建設の後、住み着いていたこれらインド系の人々は、アフリカ諸国が続々と独立していく中、どんどん国を追われて、イギリスにやってきたというわけです。

いつだったか、インドの列車で、だんなさんが白人で奥さんがインド系というイギリス人の夫婦と乗り合わせたことがあった。40年配の奥さんは、小柄な、彫りの深い切れ長の目をした美人で、インドでも北西の方の顔っぽいなあ、と思った。
出身をたずねると「私、イギリスで育ったのだけど、もともとはタンザニア生まれなのよ」とのこと。
そのときは、ふーん、インド人って本当に世界のあちこちにいるんだなあ、としか思わなかったのだけど、今になってようやく、ああ彼女はあのパテルさん一族の子孫なのだ、と思い当たりました。

2)バングラデシュのコックさんたち
バングラデシュ船籍の貿易船に乗っている料理人さんたち、本当に過酷な労働条件の下で働いていて、イギリスに着いてからそのまま陸に逃げてくる人が絶えなかったそうです。毎年ニュースにもなっているけど、洪水やらなにやら、天災の多い国で、カルカッタにも大きなバングラデシュ難民のエリアがある。

この人たちが元になって、現在、東ロンドンのBrick Laneというところにある、一大バングラデシュ人街とでもいえそうな通りを築いてきたそうです。ここはベンガル料理とかバングラデシュの味! と大書きされた看板がズラリ並ぶわ、呼子のお兄さんたちが道行く人たちに声をかけるわで、まるきりインド亜大陸の空気が流れています。
一度、ここで写真を撮っていたら、数人の男性にものすごい勢いで「何が目的だ」と詰め寄られたことがあった。私がただの日本人の学生だと分かるとみんな突然紳士に戻って優しくしてくれたけど、あれはきっと、不法滞在とか、そういうことで警戒されたんだろうな。ここで言ってもしょうがないけど、その節はぶしつけに写真を撮ったりしてごめんなさい。

ところで、一応、イギリス人もバングラデシュとインドは違うらしいということは認識しているらしいのですが、どうも彼らの動向を観察していると、一括りに「カレーの国の人」と思っている感じ。

3)エリート医師学校の人々
むかーし昔、イギリスが現在のような医療制度を整えかけていたころ、何が問題だったって、医者の数が圧倒的に足りないことが最大の問題でした。で、何をしたかというと、インドにイギリスの医大とまったく同じシステムの教育機関をつくって、そこで養成した医師をどんどん本国に呼び寄せたわけです。すごいことします、大英帝国。

お医者さんにインド人が多いのはそのためで、彼らは現在でも、いわゆるGP(地域内の指定かかりつけ医師とでも言えばいいのかな)という地位についていることが多いです。ちょっと育ちのよさそうなインド系の人たちは、たいてい医者の娘息子だったりする。

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とまあこのような分類になるそうで。それ以外にも、敬愛する料理人渡辺さんによると、イギリスのインド料理店のシェフとして呼ばれてくるインドの一流ホテルの料理人さんたちも最近は多いらしく、はたまたコンピュータ関連技師として、学生として、ほんとうにみんないろんなルートでやってきてるようです。

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巷で見かけるインド系の若者について。みんな完全にイギリス若者英語話してるし、しぐさや話し方、感覚も完全にイギリス化してる、姿形だけのインド系という感じ。

逆に、さいきんインドからやってきました、という人たちは、私の目がそっちに慣れているせいもあって、すぐわかる。着てるもの持ってるもの、装い方、しぐさ、アクセント、あと、匂いが違う。近くにいくと、なんかあの、懐かしーい、インドの匂いがして、ああこの人どこの出身なのかなあ、と思わず彼らの会話に耳をすませてしまうよ。ヒンディー語系とウルドゥー語系、タミル語系くらいしか聞き分けられないけど、きっともっとたくさんのお国言葉に分類されるのでしょう。
インド料理レストランにいっても、イギリス育ちの子と、出稼ぎ風の子、同じ格好をしていても、しぐさでなぜか分かる。不思議。

そういえば、バナーラスで住んでいた家の大家さんの息子が結婚式を挙げた時、お嫁さんの方がイギリス在住イギリス国籍のインド人で、式にはわんさとイギリス側親族友人が詰め掛けてきた。いちおう晴れの舞台であるからして、彼らも民族衣装に身を包んでいたわけだけど、特に若い女性、サリーを着慣れていないのか、ぜんぜんサマになっていなかったのが印象に残っている。花嫁のお姉さんなんかズレズレに着崩れていて、でも自分で直せなくてアタフタしてた(笑)。きっと彼女なんかにはスーツとかジーンズとかの方が断然似合うのだろう。
この結婚はお見合い結婚で、列席していたイギリス側の親族のひとりが、「きょうび、お見合いなんかで会ったこともほとんどなくて、うまくいくのかねえ」と思わず私に漏らしていたのを覚えている。それでも大家の家は伝統を重んじるクシャトリア(もともとの武士階級)の資産家で、恋愛結婚なんぞもってのほか、という感じだった。後で聞いたら長男が勝手に恋愛結婚してしまったので、次男には「おまえは見合いだ」と言い聞かせてきたのらしい。
そういえば花婿はちょっと苦労人ぽくて、若いのにハゲてたなあ。

っていうか私、どうやらどこまで行っても、どこにいても、「インド」というあまりに巨大な枠組みからは逃れられないような気がしてきた(笑)
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by masala_days | 2005-02-02 20:25 | インド話


20代の暗黒時代をインドとイギリスその他あちこち季節移動し続け、30代、やっと日本国で社会復帰。8か月の産育休を経て、現在、働くかあちゃん。オットの不在中に衝動買いしたマンションの借金返済に勤しむ


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